大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和62年(ワ)15963号 判決

原告

上田素子

右訴訟代理人弁護士

藤井冨弘

山本卓也

金井亨

被告

山崎寿和子

右訴訟代理人弁護士

黒瀬直秀

被告

朝日観光株式会社

右代表者代表取締役

手塚ゆ起子

被告

遠藤孝三

右両名訴訟代理人弁護士

眞壁重治

被告

株式会社カルチャー

右代表者代表取締役

林俊雄

右訴訟代理人弁護士

植木植次

主文

一  被告山崎寿和子、同朝日観光株式会社、同遠藤孝三、同株式会社カルチャーは、原告に対し、各自、金八五一万九八四八円及びこれに対する昭和六〇年一〇月二八日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告の被告らに対するその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、五分し、その二を原告の負担とし、その余を被告らの負担とする。

四  この判決は、原告勝訴の部分に限り、仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは、原告に対し、連帯して金一四一四万七五七〇円及びこれに対する昭和六〇年一〇月二八日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  事故の発生

原告は、昭和六〇年一〇月二八日、鎌倉カントリークラブにおいて、被告株式会社カルチャー(以下「被告カルチャー」という。)が主催するゴルフ教室を受講し、被告遠藤孝三(以下「被告遠藤」という。)の指導のもとにゴルフのレッスンを受けていたところ、同じく同ゴルフ教室を受講練習していた被告山崎寿和子(以下「被告山崎」という。)の振った一番ウッドをその項部に当てられ、項部挫傷・頸椎症の傷害を負った。

2  被告らの責任

(一) 被告山崎の責任

被告山崎は、ゴルフクラブを振り回す際にはクラブの届く範囲内に人がいないことを確認したうえでクラブを振るべき注意義務があるにもかかわらず、これを怠り、正規の打席以外の別紙現場図面①の位置でクラブを振り回したことにより、原告に前記傷害を負わせたものである。

(二) 被告遠藤の責任

被告遠藤は、ゴルフ教室の講師として、受講者全員の生命・身体を損なうことのないよう各受講者の資質・能力・受講目的に応じた適切な手段・方法で指導をなすべき注意義務があるところ、これを怠り、原告の隣の打席で練習中の被告山崎がゴルフクラブを振り回すことの危険性やその危険防止について、被告山崎及び原告に対し何の指導もしないまま、別紙現場図面②の位置に原告を立たせ、自らは同図面③の位置に立ってウッドクラブの振り方の指導をした結果、原告に前記傷害を負わせたものである。

(三) 被告カルチャーの責任

(1) 安全配慮義務違反

被告カルチャーは、各種カルチャー教室の経営を業とする会社であり、前記ゴルフ教室もその営業の一環として主催したものであるから、被告カルチャーには、ゴルフ教室の主催者として、原告も含めた受講者全員の生命・身体の安全に配慮しながらゴルフ教室を運営していく責務がある。

そして、被告遠藤は、被告カルチャーに、右ゴルフ教室の講師として選任・使用されたものであり、被告カルチャーの安全配慮義務の履行を補助すべき立場にありながら、前項記載の過失行為をなしたものである。

(2) 使用者責任

被告遠藤は、被告カルチャーの被用者の立場にありながら、被告カルチャーの事業の執行を行うにつき、前記(二)記載の過失行為をなしたものである。

(四) 被告朝日観光の責任

(1) 安全配慮義務違反

被告朝日観光は、ゴルフ練習場を経営する者として、監視員を置く等して、施設利用者の生命・身体の安全を図る義務があるのにこれを怠り、被告遠藤一人に十数名の受講者に対するゴルフの教授並びに受講者の生命等の安全を配慮する事務を全て任せるという過失行為をなした。

(2) 使用者責任

被告朝日観光は、ゴルフ場経営等を業とする会社であり、その経営の一環として、被告カルチャーの主催するゴルフ教室の会場及び講師として鎌倉カントリークラブ及び同クラブの専属プロゴルファー三名を提供していた。

そして、被告遠藤は、被告朝日観光の経営する鎌倉天園ゴルフ練習場に勤務し、同社の被用者として、その事業の執行において前記(二)項記載の過失行為をなしたものである。

3  損害

(一) 治療費 一九万六四五〇円

(1) 日産厚生会玉川病院通院治療費一八万八八五〇円

(昭和六二年二月五日から平成元年七月一八日まで)

(2) 入院用医療雑貨代金(オブラート、包帯等) 七六〇〇円

(二) 通院交通費 三二万四二〇〇円

原告は、昭和六〇年一〇月三〇日から平成元年七月一八日までに交通費として三二万四二〇〇円を支出した。

(三) 付添費 一五万八四五〇円

(1) 通院付添費 一万四〇〇〇円

原告の母上田和子(以下、訴外和子という。)は、原告が受傷後、昭和六一年一月二五日に日産厚生会玉川病院に入院するまで、七日間原告の同病院への通院に付き添った。

右付添費は、一日金二〇〇〇円と換算するのが相当であるから、通院付添費として金一万四〇〇〇円を要した。

(2) 入院付添費及び交通費 一四万四四五〇円

訴外和子は、原告が右病院に入院中、二九日間原告に付き添って同人の看病をした。

右付添費は、一日金四〇〇〇円に換算するのが相当であるから、入院付添費として金一一万六〇〇〇円を要した。

また、訴外和子は、右付添いのため日産厚生会玉川病院に通院しており、右交通費として金二万八四六〇円を要した。

(四) 入院雑費 七万二六〇〇円

原告が、昭和六一年一月二五日から同年三月三一日まで日産厚生会玉川病院に入院していた期間は六六日間であり、入院雑費は一日金一一〇〇円と換算するのが相当である。

(五) 医師等への謝礼 三九万五八七〇円

(六) 後遺症による逸失利益 四一〇万円

原告は、本件事故により頸髄損傷を受けた結果、神経系統の機能障害を生じ、耳鳴り・吐き気・排尿障害等自律神経失調の諸症状を訴えるようになり、右症状は固定する可能性が高い。

したがって、右症状で固定することを予定して、後遺症による逸失利益を算出することが可能であり、その場合、後遺障害等級九級・労働能力喪失率三五パーセント・労働能力喪失期間五年と評価するのが相当である。

なお、原告は、昭和三三年八月二三日生まれで、昭和五七年に関東学院大学を卒業している。

よって、以上より算出される後遺症による逸失利益現価のうち、金四一〇万円を請求する。

(七) 慰謝料 七七〇万円

(1) 受傷による精神的損害

原告は、本件事故による受傷後、昭和六一年の夏頃から翌昭和六二年春頃までその症状が悪化し、起きていても苦痛を感じ通院すらできないときもあったのであり、昭和六二年末に至って前記(六)のとおり、その症状は固定化する様相を見せている。すなわち、原告の受傷による精神的損害は、時間の経過と共に減少していくものではなかったのである。

(2) 後遺症による精神的損害

前記(六)記載のとおり、原告の、将来固定が予想される後遺症は、後遺障害等級九級に該当するものである。

(3) 原告は、昭和六〇年九月から本件事故直前まで、事務用品・文具等を販売する株式会社マルタン小売部にアルバイトとして勤めており、一〇万円程度の収入を得てしたが、本件事故により右アルバイトを止めざるを得なくなった。

本訴訟において、消極損害としては請求していない右休業損害をも考慮にいれた場合、右(1)の傷害による精神的損害を慰謝するには金二三〇万円をもって相当というべきであり、右(2)の後遺症による精神的損害を慰謝するには五四〇万円をもって相当というべきである。

(八) 弁護士費用

原告が被告らに請求する損害賠償額は、合計金一二七三万四九七〇円であるところ、本件訴訟に要する弁護士費用としての金一二〇万円も、本件不法行為に基づく損害として被ったものである。

4  よって、原告は、被告山崎及び被告遠藤に対し不法行為による損害賠償請求として、被告カルチャー及び被告朝日観光に対し安全配慮義務違反による債務不履行責任又は使用者責任に基づく損害賠償請求として、各自、金一四一四万七五七〇円及びこれに対する不法行為発生日の昭和六〇年一〇月二八日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  被告山崎

(一) 請求原因1の事実のうち、原告が本件事故により頸椎症の傷害を負ったとの点は不知。その余は認める。

(二) 請求原因2(一)は否認する。被告山崎は、本件事故の際、正規の打席位置に立ち(別紙現場図面④)、かつ普通の振り方でクラブを振ったにすぎない以上、ゴルフ練習場において各練習者が負担する事故防止のための安全確認義務は尽くしたと言わざるを得ない。

すなわち、被告山崎としては、後部打席(別紙現場図面③)で練習しているはずの原告が、何等の合図をする事も無く、両者の打席の境界線(別紙現場図面=部)を越えて被告山崎側に侵入してくることはないと信頼した上で、正規の打席位置に立って打撃練習をすれば足りるのであり、特別な事情のない限り、クラブを一回振るごとに、いちいち後部打席で練習している原告の動静の詳細を把握して、安全を確認した上でクラブを振るべき注意義務までは負担しないのである。

本件事故は、原告が、何等の合図もなく右境界線を越えて別紙現場図面⑦の位置に侵入した結果、発生したものである。

(三) 請求原因3については、不知ないし争う。

原告は、本件事故後、長期にわたって種々の愁訴を訴えて通院治療を受けているが、原告が本件事故によって被った項部挫傷の傷害自体は、長くとも半年程度で軽快するものであるから、右愁訴の原因と考えられる自律神経の圧迫による自律神経失調症と本件事故とは因果関係がない。仮に右挫傷に由来するとしても、自律神経の圧迫は、年月と共に解消されるものであり、受傷後一年も経過すれば、基礎体力の向上、薬物からの離脱あるいは家庭や職場への復帰こそがその最良の治療となりうるものであるから、右自律神経失調症の発生又は拡大には、原告自身のヒステリー的素因又は心因的要素等が強く影響しているものと推認される。

したがって、損害を公平に分担させる理念からして、右素因等の損害に対する寄与分に応じて、損害額は割合的認定をすべきである。

2  被告遠藤及び朝日観光

(一) 請求原因1の事実のうち、原告の受傷内容については不知。その余は認める。

(二) 請求原因2(一)の事実のうち、被告山崎の振ったゴルフクラブが原告に当たったことは認め、その余は不知。

同(二)のうち、被告遠藤に、原告主張の注意義務があることは認め、その余は否認する。本件事故は、被告遠藤が、原告にアイアンクラブのフォームを示すため、別紙現場図面③の位置に立った際、原告が、被告遠藤の説明を聞こうとして、自ら前部打席(被告山崎の打席)との前記境界線を越えて別紙現場図面⑤の位置に移動した結果、惹起されたものである。右移動は被告遠藤の指示によるものではなく、また、全く咄嗟のことで被告遠藤がこれを制止するだけの時間的余裕もなかったのであり、被告遠藤に、原告主張の注意義務違反があるとは言えない。

同(四)のうち、被告朝日観光に、受講者の安全を配慮すべき抽象的義務のあることは認めるが、監視員を置いたりする義務のあること、及び原告主張の被告朝日観光、被告遠藤に過失のあったことは否認し、その余は認める。

本件ゴルフ場は、昭和四五年の開設以来現在に至るまで、練習者の振ったクラブが隣の打席の練習者の身体に当たるなどの本件類似の事故は全くなかったのであり、原告主張の如く特別監視員を置くなどの必要はなく、また、現在監視員を置くような練習場も他には存在しない。

(三) 請求原因3については、不知ないし争う。

3  被告カルチャー

(一) 請求原因1の事実のうち、原告の受傷内容については不知。その余は認める。

(二) 請求原因2(三)は否認する。

(三) 請求原因3については、不知ないし争う。但し、原告が受傷後各病院に通院したこと、原告主張期間入院したこと及び退院後も通院したことは認める。

三  抗弁

1  過失相殺(被告山崎、同遠藤、同朝日観光)

ゴルフ練習場における練習は、周囲に練習者がいて、常にクラブを振り回しているのであるから、各練習者は事故の防止上相応の安全確認義務があるところ、練習者の一人であった原告は、隣接打席(別紙現場図面④)において練習中の被告山崎のいることを認識しながら、何ら安全の確認もしないまま、臨接打席との前記境界線を越えて被告山崎が練習中の打席区画内に入り込み、自ら危険に接近した。

よって、仮に被告らに何らかの責任が認められるとしても、本件損害賠償の額を定めるにつき、原告の右過失を斟酌して過失相殺をすべきである。

2  損害の填補(被告山崎)

本件事故については、被告山崎及び訴外シグナ保険会社より、治療費として原告及び日産厚生会玉川病院に対し、計金一六三万〇七〇〇円、健康保険求償分として、訴外富士石油健康保険組合に対し、金五六万六五一七円、合計金二一九万七二一七円を支払済みである。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1の事実は否認する。

本件ゴルフ練習場の練習打席の境界線は、別紙現場図面記載の歩経路マット中央(同図面……部)であり、仮に、原告が被告遠藤の指導を受けるため立った位置が、被告遠藤主張の別紙現場図面⑤の位置であったとしても、そこは原告の打席であり、原告には、被告山崎の打席に入った過失はない。

2  抗弁2の事実中、被告主張の金額が治療費として原告に支払われた事実は認め、その余の事実は不知。

なお、右金員は、昭和六二年一月までに要した治療費として支払われたものである。

第三  証拠〈省略〉

理由

一事故の発生及び態様

1  原告が、昭和六〇年一〇月二八日、鎌倉カントリークラブにおいて、被告カルチャー主催のゴルフ教室を受講し、被告遠藤の指導のもとにゴルフのレッスンを受けていたところ、同じく同ゴルフ教室を受講練習中の被告山崎の振った一番ウッドが原告の項部に当たったことは当事者間に争いがなく、〈証拠〉によれば、右事故の結果、原告は、項部挫傷・頸椎症の傷害を被ったこと(項部挫傷の点については、原告・被告山崎間に争いがない。)が認められる。

2(一)  〈証拠〉によれば、次の事実が認められる。

(1) 原告が本件事故現場である鎌倉カントリークラブ付設ゴルフ練習場二階練習打席(別紙現場図面③)において、被告山崎がその隣接打席(別紙現場図面④)において、それぞれウッドクラブの一番(ドライバー)の練習していたところ、折から練習場通路(別紙図面「通路」)を巡回指導中の被告遠藤が、原告のスウィングフォームを矯正すべく被告遠藤自らフォームを示して指導するため、原告打席(別紙現場図面③)に入り、原告から同人所持のウッドクラブを受け取り、原告を被告遠藤と向き合う形で、原告打席ティマット上(同図面②)にゴルフティを跨ぐ格好で立たせて、身体のひねり、クラブフェイスの被り等の手本を示していた。

(2) 当時、被告山崎は、練習打席を離れ、歩径路マット上(別紙現場図面①の位置)において原告等の方を向きながら、被告遠藤の説明を聞いていた。

(3) その後、被告遠藤が、原告の足元にあるゴルフティ上にゴルフボールを乗せ、ウッドクラブでこれを軽く打った。その直後、被告山崎の振り回したウッドクラブのヘッド部分が、原告の項部に当たり、原告は、同人と被告山崎の各打席の間にある被告山崎側の歩径路マット上(別紙現場図面⑤付近の位置)に倒れ込んだ。

(4) なお、本件ゴルフ練習場二階打席における各打席は、グリーンに面して、幅員2.6メートル、奥行2.5メートルであり、その各打席間は黄色の線で画され、その中に幅員約一メートル、奥行約2.5メートルの歩径路マット、幅員約0.6メートル、奥行約1.25メートルの打席マット、幅員約0.25メートル、奥行約0.75メートルのアイアンマット、幅員約0.5メートル、奥行約一メートルのティマットの順に並べられている。右ティマット上には、端で同マットに固定されている長さ約0.25メートルの、ゴム製のゴルフティが設けられている。

そして、練習者は、通路から自分の歩径路マットを経て、打席に入り、アイアンマット又はティマットにゴルフボールを置いて、クラブを振って練習することとなっており、所定の打席で練習する限り、クラブが他人に触れることはない構造となっている。

(二)  以上の事実を認めることができる。これに対し、〈証拠〉には、各打席の幅員が2.30メートル、歩径路マットの幅員が0.9メートルとの記載があるが、右部分は、本件事故発生後各打席の幅員を拡幅したことはない旨の被告遠藤の供述及び現況を測定したことにより作成したと同人が供述している〈証拠〉の記載に照らし信用することができない。また、原告は、倒れ込んだ場所が原告が立っていた場所(別紙現場図面②付近)と供述しているが、右供述部分は、倒れた場所が被告山崎の歩径路マットの上(別紙現場図面⑤付近)とする被告山崎及び被告遠藤の供述に照らし、信用することができない。

さらに、被告遠藤は、同人が原告から受け取って振っていたのは七番アイアンであり、その際にボールを置いてクラブを振ったことはなく、クラブフェイスの開き具合を示していただけである旨及び原告にゴルフティを跨いで立つように指示したことはない旨供述しており、また、被告山崎も、被告遠藤の原告に対する指導を注視していたことはない旨供述しているが、これらの供述部分も、クラブフェイスの開き具合を示しているだけであれば、クラブを振る必要はないし、また、振るにしても七番アイアンであれば、原告が危険性を伴う他人の歩径路マットに入ったことの合理的な説明をすることはできず、更に、原告が被告遠藤の指示がない限り、危険性の伴うゴルフティ(別紙現場図面②付近)に立つことは通常考えられないので、事故発生までの経緯について詳細に供述している原告の供述内容に照らし信用することができない。

なお、原告は、歩径路マットの中央(別紙現場図面……部)が打席の境界である旨主張するが、これを認めるに足りる証拠はない。

(三)  右認定の原告の倒れた場所からすると、原告は、被告遠藤がクラブを振ったことに恐怖を感じ、瞬間的に飛び下がり、その瞬間に被告山崎の振ったクラブヘッドが原告に当たったものと推認される。

また、右原告の倒れた場所からすると、被告山崎も、正規の場所(別紙現場図面④)で、また、通常のスウィングでクラブを振ったものとは到底思えない。被告山崎の当時練習していたクラブが一番ウッド(ドライバー)であったとしても、正規の打席で通常のスウィングをしている限り、クラブヘッドが原告に当たることはあり得ないからである。被告山崎は、正規の打席で通常のドライバーのスウィングをしていたところ、クラブヘッドが原告に当たった旨供述するが、通常のスウィングであれば、クラブヘッドは、被告山崎の左肩先から頭の斜め後ろ上を通って右肩部分に達するものであるから、原告が被告山崎の打席内の同人の右後ろ直近に居ない限り(そのような事実を認めることのできる証拠はない。)、本件事故は発生しないと推認されるからである。したがって、被告山崎のこの供述部分は、客観的事実に照らし信用することができない。

してみると、本件事故は、別紙現場図面①の位置で、被告遠藤の原告に対する指導を聞いていた被告山崎が、その場で右指導を実践してみようとして、原告らと反対方向に振り向きざまクラブを軽く振ったところ、そのクラブヘッドが、丁度その時、原告足元のゴルフボールを打つために振り降ろされた被告遠藤のスウィングに驚いて、同図面⑤付近に後退りした原告の項部に当たって発生したものと推認するのが相当である。

二被告らの責任

1  被告山崎の責任

ゴルフ練習場においては、他人にクラブや、ボールが当たることを避けるため、練習者は、所定の打席でクラブのスウィングをすべき義務があるところ、被告山崎は、右のとおり、所定の打席ではなく、歩径路マットの上でクラブを振ったものである。そして、当時、被告山崎は、原告が別紙現場図面②付近にいることを認識していたものと推認されるところ、このような場所にある原告が数歩程度被告山崎の歩径路マットに侵入してくることを想定し、歩径路マット上でクラブのスウィングをする場合には、数歩原告が後退してきても同人と接触することのない場所及び方法でクラブのスウィングをすべき義務があったところ、漫然と歩径路マットの上でドライバーをスウィングしたため、そのドライバーのヘッドが原告の頸部に当たったものであり、本件事故は、被告山崎の右のような過失によって惹起されたものと言わねばならない。事故発生の場所が被告山崎側の歩径路マット上であったものであるが、被告山崎が所定の打席で、通常のスウィングをしていたのであれば、本件事故は発生していなかったものと推認されるので、被告山崎の過失を否定することはできない。

2  被告遠藤の責任

被告遠藤は、被告カルチャー主催のゴルフ教室の講師であり、同教室受講者全員の生命・身体を損なうことのないよう各受講者の資質・能力・受講目的に応じた適切な手段・方法で指導をなすべき注意義務を負っている(この事実は当事者間に争いがない。)。

しかるに、被告遠藤は、原告を指導するに当たり、原告が他人の打席に入り込んで他人の振るクラブや、打ったボールに当たることがないように配慮して、指導を受ける位置を指示すべき義務があるのに、危険性の伴う被告山崎側の歩径路マットの近く(別紙現場図面②)に立つように指示しており、原告がこの位置にいなければ本件事故は回避されたと推認されるので、被告遠藤には、不適切な指示をしたという過失がある。また、原告の足元のゴルフティにゴルフボールを置き、そのボールをドライバーで打つと、原告が恐怖のため数歩被告山崎側の歩径路マット上に後退りすることを想定すべきであり、そのような場所に立たせたまま、ドライバーを振ってはならない義務があるのに、被告遠藤は、漫然と、原告をその場所(別紙現場図面②)に立たせたまま、ドライバーでゴルフティ上のゴルフボールを打った過失があり、その結果、原告が後退りして本件事故が発生したものであるので、被告遠藤に本件事故につき過失があると言わねばならない。

確かに、前記認定の事情によれば、被告山崎が所定の打席で通常のスウィングをしていたのであれば、本件事故の発生はなかったものと推認され、本件事故は、偶々被告山崎が所定の打席でない位置でクラブを振ったという過失が重なって発生したものであるが、ゴルフ練習場では、他人の歩径路マット上に侵入すること自体が危険な行為であり、被告遠藤がゴルフ練習の指導者として、そのような事情を十分認識し、そのような事態を発生させないよう指導すべき立場にあったことを考慮すると、本件事故が被告山崎の前記した過失と競合して発生したものとしても、被告遠藤に事故発生についての責任を認めざるを得ない。

3  被告カルチャーの責任

被告遠藤が、被告カルチャー主催のゴルフ教室の講師として、同教室の受講者の指導をしていたことは当事者間に争いがない。

そして、本件事故が右ゴルフ教室の講習中に、その講習の指導に当たっていた被告遠藤の過失により発生したことは前記したとおりであるので、被告カルチャーは、被告遠藤の行為につき、民法七一五条の使用者としての責任を負うものと言わねばならない。

〈証拠〉によれば、被告遠藤は、本件事故当時、被告朝日観光が経営する鎌倉カントリークラブに雇用され、同クラブから給与の支払を受けていたこと、被告カルチャーは受講生を募集して、同クラブ練習場に受講生を送り込むことだけを業務内容とし、その後の受講生の指導は、同クラブに全て委ねられていることが認められるが、そのような事情の下でも、被告遠藤は、被告カルチャーの行う講習会の実施に当たる被用者の立場にあるものとして、被告カルチャーも使用者としての責任を負うものと言うべきである。

4  被告朝日観光の責任

被告遠藤が、被告朝日観光経営の鎌倉カントリークラブに雇用されたものであること及び同クラブが被告カルチャーからの委託を受けた講習実施中に、被告遠藤の過失により本件事故が発生したことは前記認定のとおりであるから、被告朝日観光も、被告遠藤の行為につき、民法七一五条の使用者としての責任を負うものと言うべきである。

三損害

1  治療経過及び原告の受傷内容

(一)  〈証拠〉によれば以下の事実を認めることができる。

(1) 原告は、被告山崎のクラブヘッドを当てられた瞬間、一瞬意識障害を起こし、その場に膝をつく形で倒れこんだが、直ぐに「大丈夫」といって立ち上がり、練習打席後方のベンチに下がり、特に応急処置も受けないままその場で休養し、ゴルフ教室終了後、自宅に戻り自宅で静養した。原告は、翌二九日には、アルバイト(事務用品・文具等を販売する株式会社マルタン小売部に勤務)に出掛け、その帰りに、横浜市中区内の鳥山整形外科に寄ったものの、医師不在のため診療を受けることなく帰宅した。

(2) 原告は、本件事故の翌々日である昭和六〇年一〇月三〇日及び同年一一月五日の二回、横浜市中区内の鳥山整形外科に通院し、治療を受けた(右通院については、被告カルチャーとの間では争いがない。)。

昭和六〇年一〇月三〇日当時の右鳥山整形外科における診断病名は、項部挫傷であり、治療の見通しとしては、「頭痛あり、レントゲン検査異常なし、安静通院加療により症状は漸次好転す。後遺障害なしの見込。」と診断された。

(3) 原告は、自覚症状が軽減しないため、昭和六〇年一一月七日から同六一年一月二三日まで、東京都世田谷区内の日産厚生会玉川病院に通院(治療実日数一三日)した。なお、その間前記アルバイトは継続していた(右通院については、被告カルチャーとの間では争いがない。)。

原告の右病院への通院当時の同病院における診断病名は、「項部挫傷」であり、同病院では、頭痛、項部・右頸部・右肩甲部の疼痛、嘔吐、頸椎の不撓性、症状の軽減見られないと診断された。

(4) 右通院治療によるも原告の症状は緩解しないため、治療の密度を増すことと、安静を保つ目的で、医師の勧めに従い、原告は、昭和六一年一月二五日から同年三月三一日までの六六日間同病院に入院して加療を受けた(右入院については、被告カルチャーとの間では争いがない。)。

原告の、入院中の診断病名も当初は通院中と同じであり、頭痛、頸痛など頸・肩の疼痛のほか、嘔吐、胃痛、下痢など消化器症状が緩解しないと診断されていた。その後、右症状の他に、肘から先の手指のしびれ、手背のつれや、不眠、耳鳴、眩暈、視力低下、心窩部痛、盗汗、微熱、悪寒等の自律神経失調症状や、食欲不振、便秘、無月経等の症状を訴えるにいたり、その症状も次第に軽くなる傾向はあるものの、消失したものはなく、軽減には相当長期間を要するものと診断されていた。そして、診断名も、項部挫傷のほか、頸椎症、びらん性胃炎が追加されていた。

右病院の通院中及び入院中に、同病院では、原告頸部のレントゲン検査を行っているが、その検査上は異常がなく、また、骨棘の形成も認められなかった。

(5) 原告は、右病院退院後も、昭和六一年四月三日から平成元年七月一八日まで、同病院に通院して治療を受けた(治療実日数一四〇日)(右通院については、被告カルチャーとの間では争いがない。)。

前記入院中感冒を患ったこともあり、退院直後急性咽喉頭炎を併発し、また、退院直後頃から腰痛と、膝痛、腰から上部の異常緊張持続(こり)を訴えるようになった。その後も、全身の倦怠感、不眠、耳鳴、眩暈や、全身のこり、便秘、下痢、湿疹等が継続し、昭和六一年一二月に入ると、排尿障害(特に頻尿)が現れた。

その後も、原告は、同病院に通院し、投薬・鍼灸治療を受けているが、現在に至るまで、頭痛、頸痛、腰痛、全身の倦怠感、微熱、耳鳴、排尿障害(頻尿)、吐気等の愁訴は消えず、原告を昭和六一年上旬より診察してきた医師は、原告の受傷が単に頸椎捻挫に止まらず、頸髄損傷にまで及ぶ疑いがあるとの判断を下していた。

なお、排尿障害が出現する直前頃から、同病院では原告に精神安定剤を投与している。

以上の事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

(二)  〈証拠〉によれば、頸部に急激な力が加えられ、頸椎の急激な過伸展により生じる頸椎捻挫(鞭打ち損傷)は、受傷直後の一時的意識消失・意識混濁、受傷後数時間から一週間内に出現し持続する頸部痛、頸椎運動制限、しびれ感等の諸症状を通常伴い、更には、慢性化・難治性の傾向を示すバレー・リュー症状(頭痛、眩暈、耳鳴、吐気、眼精疲労、微熱、下痢等の症状を示す後頸部交感神経症侯群)、腰痛を示す場合が少なくないことが認められる。

そして、原告の訴える症状のうち、昭和六一年一一月当時までに出現したものは、急性咽喉頭炎に関するもの等を除き、大部分は、頸椎捻挫の症状であると認められるので、原告が本件事故の結果、頸椎捻挫(鞭打ち損傷)となったものと推認することができる。原告の診断傷病名である「びらん性胃炎」は、前記のとおり入院後に生じていることが認められるが、原告が入院前から胃に関する訴えをしていたことは前記認定のとおりであり、原告が事故前から胃炎を患っていたことを認める反証がない限り(これを認めることのできる証拠はない。)、これも本件事故と相当因果関係にある傷害と認めるのが相当である。この胃炎が原告の症状に対する加療のための投薬により生じたものとしても、本件事故による症状に対しての投薬である以上、本件事故との因果関係を否定することはできない。

また、昭和六一年一二月以降になって原告が訴えている排尿障害及び湿疹が通常頸椎捻挫(鞭打ち損傷)から生じることが多いことについて、これを認めることのできる証拠はない(かえって、〈証拠〉中には、排尿障害はバレー・リュー症では説明できないと記述されている。)。右のうち、湿疹は、食物摂取、投薬を契機として発生することが多く、しかも体力の低下しているときに発生し易くなることは公知の事実であるが、本件事故による受傷の治療のための投薬に起因するものであれば本件事故との因果関係を否定することはできないところ、前記治療の経過に鑑みると、原告の発疹も治療のための投薬ないし体力の低下によるものと推認されるので、事故との因果関係を否定することはできない。さらに、排尿障害も、本件受傷に対する治療以外の原因で生じたものであることの立証があればともかく、そのような立証のない本件の場合には、前記した治療の経過に照らすと、本件受傷の治療の一貫としての精神安定剤の投与を契機として発生したと推認されるので、本件事故と因果関係があると言わざるを得ない。

(三) ところで、原告が本件事故によって頸椎に骨折、椎間板損傷、椎間板変性等の異常が生じていること又は頸髄に損傷を受けていることを認めることのできる証拠はない。前記しているように原告に対する治療機関では、頸髄損傷の疑いを持っているが、それは疑いの域を脱しておらず、客観的にその受傷を推認させるものではない。頸髄損傷があれば通常認められる上・下肢麻痺の症状を原告が全く訴えていないことも頸髄損傷の存在を否定するものである。〈証拠〉及び弁論の全趣旨によれば、このように他覚的所見のない頸椎捻挫にあっては、徐々に軽快し、六月経過頃には治癒し、本件のように長期にわたる愁訴が続き、長期間の加療を要する事態にはならないことが多いこと、このような長期間の愁訴が続くについては、患者側の心因的要素も大きく影響していることが認められる。

このような患者側の心因的要素が症状の長期化、愁訴の拡大に寄与している場合には、本件事故による受傷及びそれに起因して原告に生じた損害の全てを被告らに負担させることは公平の理念に照らし相当ではなく、民法七二二条二項の過失相殺の規定を類推適用して、その拡大に寄与した原告の右事情を、損害額算定に当たって斟酌することができるものと言うべきである。しかし、原告側の心因的要素が影響しているとはいえ、原告の愁訴の中には、事故受傷直後からのものも存在しており、また、前記しているように排尿障害、湿疹についても本件受傷と因果関係を否定することができないことをも考慮すると、全てが本件受傷と全く相当因果関係がないものとすることもできない。

(四)  〈証拠〉によれば、原告は、昭和六三年一二月になっても、症状が軽減せず、仕事をできるような状態になっておらず、症状が完治する見込は薄いことが認められるが、以上のように原告の訴えている症状に同人の心因的要素も影響していることを考慮すると、本件事故と相当因果関係のある受傷として被告らがその賠償をすべき範囲にあるものは、事故後二年経過の昭和六二年一〇月末までが一〇〇パーセント、その翌年の昭和六三年一二月末までが五〇パーセント、昭和六四年一月当初の時点で症状が固定したものとみなし、その後遺症の程度は、「局部に頑固な神経症状を残すもの」(自動車損害賠償保障法施行令第二条所定の後遺障害別等級表第一二級一二号該当)に該当する程度となみすのが相当である。

〈証拠〉中には、原告の症状は、昭和六四年一月当初においても、到底就労することができる状態になく、更に二年程度は就労不能であり、就労が可能となっても「神経系統の機能又は精神に障害を残し、服することができる労務が相当な程度に制限されるもの」(右等級表第九級一〇号)に該当する旨の記述があるが、その判断が正しいとしても、前記しているように原告の心因的要素が大きく影響していると判断される本件では、被告らが負担すべきものは、そのうちの、前記判断の範囲内に限るのが相当である。

2  右1の認定、説示を考慮にいれた上、原告の項目別損害の主張を検討する。

(一)  治療費関係 合計一〇万八三三五円

(1) 昭和六二年二月五日から同六二年一〇月末までの通院治療費

二万八二五〇円(〈証拠〉及び弁論の全趣旨により原告が右治療費を支出したことが認められる。)

(2) 昭和六二年一一月から昭和六三年末までの通院治療費

七万二四八五円(〈証拠〉及び弁論の全趣旨によれば、原告がこの期間内に支出した治療費は一四万四九七〇円と認められるが、このうち、被告らが負担すべきものは、前記したとおりその二分の一を相当な治療費と認める。なお、原告は、右期間経過後平成元年七月一八日までの治療費一万五六三〇円の支払をも求めているが、右支出は症状固定後の支出であり、他覚的所見の認められない本件では、それは慰謝料斟酌に当たって考慮する。)

(3) 医療雑貨代金

七六〇〇円(〈証拠〉及び弁論の全趣旨によれば、原告が入院中に右支出をしたことが認められる。)

(二)  通院交通費 合計一六万八三〇〇円

(1) 昭和六〇年一〇月三〇日から同六二年一〇月までの分

一四万九四六〇円(〈証拠〉及び弁論の全趣旨によれば、原告は前記病院へはタクシー及び電車―しばしばグリーン車を利用―で通院し(この間の通院回数合計九九回)、その交通費合計二七万二二〇〇円を支出したことが認められるが、タクシー及びグリーン車の利用が正当と認められるのは、原告が前記病院に入院した昭和六一年一月二五日当日のタクシー代並びに〈証拠〉により原告の症状が特に悪化したと認められる同年一〇月から翌六二年五月までの間のタクシー代及びグリーン料金に限られ、それ以外のタクシー代合計六万六七四〇円及びグリーン料金合計五万六〇〇〇円については本件受傷と相当因果関係にあると認めることはできないので、右支出交通費から控除するのが相当である。)

(2) 昭和六二年一一月から昭和六三年一二月末までの分

一万八八四〇円(〈証拠〉及び弁論の全趣旨によれば、原告は、右期間における通院交通費として(通院回数合計三九回)、三万七六八〇円を支出していることが認められる。しかし、前記認定しているようにこの間の損害については二分の一に限って本件受傷と相当因果関係が認められるので、右支出のうち、二分の一に当たる一万八八四〇円が本件受傷と相当因果関係にある損害と認めるのが相当である。)

(3) 平成元年一月一二日から同年七月一八日まで

〈証拠〉及び弁論の全趣旨によれば、原告は、右期間における通院交通費として一万四三二〇円を支出していることが認められるが、右期間は症状固定後の後遺症治療のための通院と認められるので、その分については、通院交通費損害として認めるのは相当でなく、慰謝料の斟酌に当たって考慮する。

(三)  付添費関係

(1) 通院付添費

弁論の全趣旨によれば、原告が入院するまでの間、同人の母和子が原告の通院に付き添ったことが認められるが、前記したように原告は、入院に至るまでの間アルバイトを継続していたことが認められるから、入院前の通院期間において和子の付添いを特に必要とする状態であったと認めることはできず、この点の請求は、本件受傷と相当因果関係にあると認めることはできない。

(2) 入院付添費及び交通費

弁論の全趣旨によれば、原告入院中、原告の母和子が毎日、原告に付き添うため、自宅から入院先に往復して付き添ったことが認められるが、原告の年齢(〈証拠〉によれば、原告は、昭和三三年八月二三日生まれであり、本件事故当時、満二七歳であったと認められる。)及び前記認定にかかる原告の入院時の症状によれば、原告が入院を継続するために、付添人による看護を特に必要とする状態にあったとは認めることはできないので、この点の請求は、本件受傷と相当因果関係にあるものと認めることはできない。

(四)  入院雑費 合計七万二六〇〇円

前記原告の入院期間によれば、原告は、入院期間中、少なくとも、一日当たり一一〇〇円、合計七万二六〇〇円の雑費を支出したものと推認され、右金額は、本件受傷と相当因果関係にある。

(五)  医師等への謝礼 合計三〇万円

〈証拠〉及び弁論の全趣旨によれば、原告は、前記病院関係者に対するお礼として、合計三九万円五八七〇円を支出したことが認められる。

ところで、一般に、病院に入院した患者が、入院中世話になったことの感謝のしるしとして、医師、看護婦等に社会通念上相当な範囲でお礼をすることは、社会的慣行として広く行われていることは公知の事実であり、その相当な範囲のものは、本件受傷と相当因果関係にある損害ということができる。

そして、右社会通念上相当な範囲を定めるに当たっては、入院期間、入院中の治療内容、その間の症状等を総合して判断すべきところ、本件で原告が入院した期間は約二か月と比較的長期であり、その間の症状は前記のとおりであるが、〈証拠〉によれば、原告の入院期間中、各種検査以外には特別の治療もされていないことが認められるので、右支出のうち、本件受傷と相当因果関係にあるのは、約七割五分に当たる三〇万円に限るのが相当である。

(六)  後遺症による逸失利益 二〇七万〇六一三円

前記認定のとおり、被告らが負担すべき原告の後遺症の程度は自賠法施行令別表後遺障害別等級表一二級一二号に該当するものであり、原告は、症状固定の日から五年間、その労働能力の一四パーセントを喪失するものと認めるのが相当である。

右後遺症による原告の逸失利益は、症状固定時の原告の年齢(満三〇歳)及び大学卒との学歴(〈証拠〉により認められる。)を併せ考慮して、大卒女子労働者の年収(昭和六三年賃金センサス。三四一万六二〇〇円)を基礎として、ライプニッツ式により計算すると(係数4.3294)、二〇七万〇六一三円と算出される。

(七)  慰謝料 五〇〇万円

本件事故の態様、原告の受傷及び治療経過、後遺症の程度、その他本件弁論に現れた諸般の事情、特に、原告が休業損害を請求せず、慰謝料額において斟酌すべき旨主張していることに照らし、原告が本件事故により被った精神的損害を慰謝するには、少なくとも五〇〇万円を要するものと認めるのが相当である。

(八)  弁護士費用

弁論の全趣旨によれば、原告は、本件訴えの提起を原告訴訟代理人弁護士に委任するに際し、弁護士費用として一二〇万円の支払を約したことが認められるが、前記認容の本件受傷と相当因果関係にある損害額に照らすと、本件受傷と相当因果関係にある弁護士費用は、八〇万円に限るのが相当である。

四過失相殺の当否

被告山崎、同遠藤、同朝日観光は、原告が、本件ゴルフ場練習打席の境界線を越えて被告山崎の練習打席に侵入したとして、原告の過失の割合に応じて過失相殺がされるべきであると主張する。

確かに、本件事故発生の場所は、前記認定のとおり被告山崎側の歩径路マット上(別紙現場図面⑤付近)であり、原告が同場所にいなければ本件事故発生に至らなかったものと認められるので、原告の右歩径路マットに入ったという挙動が事故発生の原因となっていることは否定することができない。

しかし、前記認定したように、被告山崎が正規の打席で通常のスウィングをしていたのであれば、本件事故の発生は回避されたところであり、しかも、被告山崎も、注意すれば原告が直前立っていた場所から僅か後退することが有り得べき状態にあることを認識することができたはずであるから、原告の僅かの後退によって発生した本件事故については、原告について、過失相殺をすることは相当でない。しかも、原告の後退も、同人の足元に置かれたボールを被告遠藤が打ったことに驚き、危険を避けるために僅か後退したものであり、この後退について原告を責めることはできない。被告遠藤がプロであり、同人のスウィングが原告に当たることはあり得ないとしても、かかる状況下では、若干の後退は当然予想されることであるからである。

よって、この点に関する被告山崎、同遠藤、同朝日観光らの主張は理由がない。

五損害の填補の主張について

〈証拠〉によれば、原告の治療費として、被告山崎及びシグナ保険会社が各医療機関に一六三万〇七〇〇円、富士石油健康保険組合からの求償について五六万六五一七円を支払っていること、右支払分は、いずれも、原告の昭和六二年一月までに発生した治療費として支払われたものであることが認められるところ、原告が、本訴訟において被告らに支払を求めている治療費分の損害は、昭和六二年二月以降のものであるから、過失相殺の認められない本件にあっては、被告らの損害填補の主張には理由がない。

六結論

以上のとおり、原告の被告らに対する本訴請求は、被告ら各自に対し、金八五一万九八四八円と、これに対する本件事故の当日である昭和六〇年一〇月二八日から支払済みに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、被告らに対するその余の請求は理由がないからこれらを棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、九二条、九三条を、仮執行の宣言について同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官田中康久)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例